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ほんの1万年前までは、数年で東京が沖縄の気温になるほどの温暖化が普通だった

中川毅教授の「人類と気候の10万年史」を読んだ。
地球温暖化とかESGとかが叫ばれている中で、そもそも気候がどういう変遷を辿ってきたのかを知識として持つためにも必読の書。

まぁ、ただ単純に「へぇ!」ということが多くて、とてもおもしろかった。
ほんの12,000年前まで東京が北海道くらい寒かったり、2-3万年前だと福井県にシラカバの森が広がっていたり、それらが地球の自転と公転によって引き起こされていたり。予想外の気温の上昇は、産業革命からというより5,000年前から始まっていたり。

ちなみに、この本だと8,000年前になぜ気候が安定したかの理由は不明となっている。この本の続きとして、今月(2021/5月)にGlobal and Planetary Change誌に中川教授をはじめとするグループの論文が掲載されている。

The spatio-temporal structure of the Lateglacial to early Holocene transition reconstructed from the pollen record of Lake Suigetsu and its precise correlation with other key global archives: Implications for palaeoclimatology and archaeology
論文はオンラインで公開されている。
論文によると、気候の安定化は偏西風がヒマラヤ山脈を南から北に超えて、吹くようになったからだそうだ。そして気候の安定化によって、農耕が主流になった。(暖かくなって、ではなく。)黄河文明も7,000年前から始まっているわけで、風の吹き方ひとつで気候が変わり文明が栄えている。論文真ん中にある偏西風の変化を示した図だけでも、ちょっと感動するレベル。日々の生活が地球規模で決まっている。

上記はいずれも福井県水月湖「年縞」による観察から得られている。
年縞とは、プランクトンや花粉が湖底などで層を成して溜まったもの。木の年輪と同じように、毎年ちょっとずつ溜まり、毎年の状態が層の形で残る。地震や噴火といった大きな影響が起きたときは、泥や火山灰の分だけ層が厚くなって克明に残るし、層を数えることで「いつ起きたか」が正確に分かる。

とはいえ、多くの湖では、湖底の生物や湖内の水流で湖底がかき乱されるため、キレイな層の形では残らない。それが福井県水月湖では、世界一の長さの年縞が堆積してる。正確なところでは7万年分、崩れている部分も含めると15万年分もある。

年縞の堆積物を調べることで、何が起きたか、どういう状態だったかを推し計ることができる。たとえば、水月湖年縞では、記録にある1586年の「天正の大地震」で流入した泥が厚い層となって残っている。

すごいのはここからで、「有史以前」つまり人が文字を持つ前の時代の様子も分かる。たとえば鹿児島県にある鬼界カルデラは、従来約6,300年前とされていた(水月湖年縞で校正される前の炭素同位体測定による推定)。しかし、年縞により7,253±23年前に起きたことが明らかになった。当時の日本を克明に記した書物は存在していない。それでも7200年前の出来事が誤差46年しかなく特定できている。

なぜ水月湖が年縞を持ち得たのか、そのほか知的欲求を満たす面白い話がたくさん含まれていた。毎年多くの理系書籍を出すブルーバックスの中でも、2017年度 講談社科学出版賞を受賞した一冊。環境に対する「スタンス」と「事実」とを明確に区分されていて、最終章の狩猟採集と農耕に関する私見を除いて、「正しい」思想は哲学におまかせしている。観察された事実だけを記載されるので、余計なバイアスに揺さぶられない点も読みやすい。

この本の続きとして上に挙げた論文は、中川教授が「15年の集大成」として述べられている。15年というのは、2006年に実施された年縞の「正確な採集」とそこからの研究のことを指されている。単一のソース(年縞)だけでなく、グリーンランドの氷との比較により判明した事実を、この本の内容を含みながら記載されている。

水月湖年縞は、水月湖の脇にある年縞博物館で実際に見ることができる。年縞を発見するきっかけとなった鳥浜遺跡についても、隣の若狭三方縄文博物館で楽しめる。斧の作り方が独特で面白い。本書で語られる、縄文博物館の秘密も楽しめる。打ちっぱなしのコンクリートが木目調になっていて、どうなっているんだ?と思わせる不思議な空間が広がっている。そして博物館でしか買えない(?)*1年縞ケーキも美味しい。
大学の研究といえば、テレビと視聴者とのように、日常とは距離があるように思える。AKBではないけれど、年縞博物館や三方縄文博物館に行けば、直接の研究が非常に近く感じられる。たとえば年縞から分かることはまだまだあるように思えるが、AIで花粉と不純物とを見分けて、花粉の種類を瞬時に解析できれば研究が大いに加速できるとのこと。いまは1時間かかるらしい…。こういうことがわかってしまう身近さも楽しい。
一生のうちで思い出に残る本に出会えた。

*1:梅の里会館で購入できるという記事があったが、梅の里会館には売っていなかった。道の駅にもない。希少性が高い。